タンポポ調査(9) タンポポ調査の始まりと経年変化
タンポポ調査の方法を考案したのは、1973年当時に京都大学教養学部におられた堀田満さんでした。当時は環境に関する市民運動が大きく動き出したころで、行政に頼るのではなく、市民が自分たちの力で住んでいる町の環境評価をするために、指標生物となりうる生き物をいろいろと選択していたのです。堀田さんはそれまでにアシナガバチやススキなどを使った調査を実施されていました。
別の大学から京都大学に移ってこられてすぐ、京都大学の教養部には旧三高時代の古い建物が残っており、古い建物の周辺には在来種、新しい建物の周りには外来種が生えていることに気が付き、調査を思いついたといいます。また当時、タンポポを研究テーマとする若い研究者が何人もおり、その人たちが調査にも参加してきたことで、信頼できる調査方法であることの裏付けもできたといえます。
まず自分で校内を歩いて確かめ、次に学生のゼミで京都市内の調査を行い、誰でも参加でき、環境との対応がはっきりと出るという確信をもって、大阪の大きな市民団体で、航空写真を使って府下の環境地図などを作っていた団体に提案して大阪府下全域の調査を始めました。1974年のことです。私も当時、そのグループに出入りする学生の一人でした。1974年のデータを整理して調査できていない地域を集中的に調べて、1975年でタンポポ地図を完成させています。そして大阪では以後、5年おきに全域調査を続けています。以下の図はタンポポ調査西日本のホームページからです。
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